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作成:森岡正博
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論文
『現代生命哲学研究』第5号 (2016年3月):13-27
「誕生肯定」と人生の「破断」を再考する
生命の哲学の構築に向けて(8)
森岡正博
1 はじめに
本論文は、「誕生肯定」の概念をめぐる論文である森岡正博(2011)、森岡正博(2013a)における議論を補うために書かれるものである。「誕生肯定」は、私の提唱する「生命の哲学」の基本概念である。それをさらに継続的に展開していくためにも、その準備として、これまでの議論にいくつかの補足をしておく必要があると考え、以下の小論を書くことにした。したがって、本論文は前記二論文の内容を前提として進められる。
2 「誕生」の概念を再考する
2011年論文において、私は「誕生」という概念を、「気がついたら私は誕生していた」という現在完了形の気づきをたえず反芻し続けていくことによって把握されるものとして捉えた(1)。そこで私は次のように書いた。
私は過去のある時点に誕生したと断言することもできないし、過去のある時点に誕生していたと断言することもできないし、いまこの瞬間に誕生したと断言することもできないのである。私が断言できるのは、ただひとつ、「気がついたら私は誕生していた」ということのみなのである。(2)
「誕生」の本質を現在完了形に見るという考え方は間違っていないのだが、この箇所における「誕生」の定義は正確さを欠いていた。なぜなら、「誕生」を定義する文章中に「誕生」という言葉が再度現われているからである。この誤りをまず訂正し、正しい定義を導入しておきたい。すなわち、「誕生」とは、「気がついたら私は存在していた」という現在完了形の気づきが起きたときに、私のこれまでの人生が一気に見通されていまここで生成することである。そして現在完了形の気づきが反芻されるたびごとに、新たな人生が生成し、このことの全体がそのつど「誕生」となる。
では「人生」とは何かということであるが、これは2011年論文における定義(3)を微修正すればよいだろう。すなわち、「人生」とは、「気がついたら私は存在していた」という現在完了形の気づきによって、そのつど呼び起こされ、一気に見通される、私の経験の集積のことである。
拙著『まんが哲学入門』において、私は、「誕生とは「気がついたら私は生まれていた」―――ということなのです」と書いた(4)。入門書の記述なので、「生まれていた」という言葉をつかって簡潔に説明している。それをさらに簡潔に言うならば、「誕生」とは「私が生まれてきたこと」である、というふうになるだろう。前パラグラフでの定義の意味が理解されているかぎりにおいて、これらの簡潔な表現を使用することに問題はないように私には思われる。すなわち、「誕生」とは「私が生まれてきたこと」であり、「私が生まれてきた」とは何かというと、「気がついたら私は存在していた」ということであり、それは何かと言えば、「気がついたら私は存在していた」という現在完了形の気づきが起きたときに私のこれまでの人生が一気に見通されていまここで生成することである、というふうにである。
そして、「誕生」と「生成」の関係について言えば、「誕生」には二つの側面があって、まず「誕生」には現在完了形の気づきによってもたらされるという「現在完了形の側面」がある。そして次に「誕生」には、そのような「現在完了形の側面」が「いま」「生成する」という「いまの生成の側面」がある。「誕生」はこの二つの側面によって構成されているのであり、どちらが欠けても成立しない。これは、現在完了形がいま生成することでもある。私の存在について、それを「現在完了形がいま生成する」という視点から把握したときに見えてくるもの、それが「誕生」であると言ってもよいだろう。このように「誕生」の概念は、「現在完了形」と「いま」のあいだの強い緊張関係のもとで成立すると考えられる。
森岡正博(2011)で、私は、振り返られるたびごとに新たな人生の誕生が起きるという意味での現在完了形の「そのつどの誕生」と、私は誕生していなくてもよかったのに気がついたら私は誕生していたという意味での形而上学的な「一回限りの誕生」を区別し、次のように述べた。
すなわち、同じひとつの誕生に対して、形而上学的な側面に焦点を当てればそれは「一回限りの誕生」ということになり、現在完了形の側面に焦点を当てればそれは「そのつどの誕生」ということになるのである。そしてこの二つのあいだには論理矛盾はない。(5)
この点について補足しておく。たしかに、現在完了形の誕生は、振り返られるたびごとに新たな人生の誕生が起きるという、そのつどの誕生という面を持っている。しかしこの「そのつど」という面を強調しすぎると、あたかも、振り返るたびごとに、そのつど誕生が起きるわけであるから、誕生は振り返りの数に対応して何度も複数回起きるということになってしまう。しかしこれは誤りである。「そのつど」は何度でも起きるけれども、「そのつど」の振り返りによって起きる現在完了形の誕生は「一回限り」なのである。五回振り返って、「そのつど」現在完了形の誕生があったとしても、その現在完了形の誕生の回数は総計で何度あったのかと言えば、それは「一回限り」なのである。「一回限り」の誕生が、振り返るそのたびごとに複数回起きる、というのではない。複数回振り返るそのたびごとに起きる誕生の回数の総計は、不思議なことに「一回限り」だというわけである。
したがって、振り返りによって起きた人生の「そのつど」の誕生は、その複数の「そのつど」がそのまま「一回限りの誕生」でもあるということにならざるを得ない。すなわち、誕生は、「気がついたら私は存在していた」という現在完了形の気づきが起きるそのたびごとに、たった一回限り、いまここで生成しているのである。ここには、誕生というものに独特の論理学、「そのつど」性と「一回性」を独特の形で結合したいわば「誕生の論理学」がある。それは客観的時間の論理学とはまったく異なった性質を持つものである。これは時間論に新地平を開く可能性がある。この点についての詳細の解明は将来の論文に譲ることにする。
3 「誕生肯定」と人生の「破断」を再考する
「誕生肯定」とは、「生まれてきて本当によかった」といまここで深く心から肯定することである。これが精密に何を意味するのかについては、2013年論文で考察したのでそちらを参照してほしい。ここでは、2011年論文で議論した「誕生肯定」と人生の「破断」の関係について、補足的な、しかし重要な考察を行なうことにする。
2011年論文から引用すると、「「破断」とは、愛する家族を無残に殺されたり、あるいは自分がレイプや戦争被害を受けたりといった悲惨な体験をしたときに、自分の人生がその時点で暴力的に断ち切られたような状態になり、未来へと前向きに生きていこうとする力が奪われてしまうことである」(6)。人生においてこのような過酷な出来事を経験した人間が自分の誕生を肯定するなどということが本当にできるのだろうか、という難問が出現するのである。
この問題について、私は次のように考えた。
まず、「破断」という出来事それ自体と、「破断」をくぐり抜けて私がここまで生き抜いてきたことを、きっちりと区別する。すると、「破断」という出来事それ自体はけっして肯定できないが、「破断」をくぐり抜けて私がここまで生き抜いてきたことについては、それを深く心から肯定することができる、というようなケースがあり得ると考えられる。
そしてもしこのような境地に至ったとすれば、そこから人生を振り返ったときに、いまの私の肯定を準備してくれたという点において、「破断」にも意味があったと思えるようになる可能性がある。そして、その「破断」は、肯定された私の人生の不可欠のピースとして組み込まれているという点において、「あってよかった」というふうに思えるようになる可能性がある。「破断」があったからこそ、いまの私がある。「破断」をくぐり抜けて私がここまで生き抜いてきたことについてはそれを深く心から肯定することができるがゆえに、このような肯定を準備してくれた「破断」をもまた「あってよかった」と思えるようになる可能性がある。
このようにして、「破断」に対する態度が、否定から肯定へと反転する可能性がある。しかしもし「破断」が「あってよかった」と肯定されたとしても、それが「繰り返されてはならない」という点は揺るがない。すなわち、最終的な結論として、「破断」あるいは「破断を導いた出来事」は「あってよかった、だが繰り返されてはならない」のである。
以上が、2011年論文で考察したことの骨子である(7)。この点を、さらに引き続いて考えてみたい。
まず、2011年論文においては、「破断」と、「破断」を導いた出来事をクリアーに区別していなかった。この二つを切り分けておく必要がある。まず「破断」とは、虐待や繰り返される暴力などのような、自分にとって過酷な出来事が起きたときに、自分の人生がその時点で暴力的に断ち切られたような状態になり、未来へと前向きに生きていこうとする力が奪われてしまうことである。自分の人生が、そこで断ち切られてしまうのである。
「破断」を導いた出来事とは、そのような「破断」を自分の人生にもたらした原因となる出来事のことである。たとえば虐待や繰り返される暴力が、「破断」を導いた出来事である。それらの出来事が自分の人生に起き、その結果として、自分の人生に「破断」が生じたのである。
そして、そのような「破断」が生じたにもかかわらず、「破断」をくぐり抜けて私がここまで生き抜いてきた、という事実がある。私が「破断」をサバイバルすることは、「破断」とも異なり、「破断」を導いた出来事とも異なる。これら三つの概念を分離しておくことが必要である。
そして、「破断」をくぐり抜けて私がここまで生き抜いてきたことを肯定できたのちに、その肯定の範囲が一回り大きくなり、ここまで生き抜いてきた人生の不可欠のピースとして埋め込まれた「破断」に対して「それはあってよかった」と肯定するに至る可能性がある。そしてそののちにその肯定の範囲がさらに一回り大きくなり、その「破断」を導いた出来事に対しても「それはあってよかった」と肯定するに至る可能性がある。これが肯定の極北である。ただしその場合であっても、その出来事は「もう二度と繰り返されてはならない」のである。
なぜ「もう二度と繰り返されてはならない」のかと言えば、そのような出来事が結果的に誕生肯定に至る保証はどこにもなく、むしろそのような出来事が結果的に誕生否定や絶望の自殺などへと至る危険性が少なくないと考えられるからである。私はたまたま死ななかったけれども、もう一度同じことが起きれば自殺するかもしれないし、他人に同じことが起きればその人は自殺するかもしれないからである。
「破断」を導いた出来事と「破断」を区別することによって、さらに以下のことが言えるようになる。「破断」を導いた出来事は私の外部で起きた事象にすぎない。その出来事が私の人生へと食い込んで来て「破断」をもたらすのである。「破断」を導いた出来事が私の人生において起きたのは確かだとしても、それはあくまで外側から私の人生へと介入してきたのであり、これに対して「破断」は、外部からの介入に対抗する形で私の人生の内側から生成されたものである。「破断」は、最初から私の人生の一部であり、私の「人生の肉」なのである。これに対して、「破断」を導いた出来事は私の「人生の肉」ではない。それは私の「人生の肉」と外部世界との接触点において起きた事象でしかない。
このように考えてみると、私の人生の不可欠なピースとしてその内部に組み込まれるものは「人生の肉」である「破断」であって、けっして「破断」を導いた出来事ではないことが明らかになる。「人生の肉」である「破断」がいったん私の人生の不可欠なピースとして組み込まれたとき、それは、いまを前向きに生きようとする私の一部となって、私と同じ方角を向いてそちらへと人生を推進させるエンジンとして働き得るようになる。「破断」をこれまで生き抜いてきた私の人生を、さらに未来に向けて推し進めていくエンジンとして、人生の不可欠なピースとして埋め込まれた「破断」は機能し得る。「破断」があったにもかかわらず、そのような人生に生まれてきたことを本当によかったと思えるとは、このような状態を指す。「破断」を導いた出来事は二度と繰り返されてはならないが、その出来事によってもたらされた「破断」は、私の人生に埋め込まれて私を推進する貴重な原動力となるということなのである。
もちろん、そのような誕生肯定に至ったとしても、「破断」をめぐって私はたえず揺れることになる。誕生肯定の視点から振り返れば「破断」はあってよかったと思える、というふうになったとしても、私はその後何度もあの「破断」の時点へと容赦なく連れ戻され、「破断などなければよかった」と激しく動揺する可能性がある。人生に組み込まれれば「それはあってよかった」となり、あの時点に連れ戻されれば「それはないほうがよかった」となるという二重性がある。多くの場合、私はこの両極のあいだを様々なパターンでもって揺れるのであり、その揺れは収まることはないだろう。そしてその揺れがあり続けるという状態のままで私の誕生肯定は達成されているのである。揺れがなくなることが誕生肯定であるとするのは誤認である。揺れがありつづけながら誕生肯定がなされているのである。小松原織香は「「物語としての赦し」と「祝祭としての赦し」」において、赦しには物語的側面と祝祭的側面があることを指摘し、この二側面のあいだを経めぐるものとして赦しを構想している(8)。その論点は、ここでの議論に深く関連している。
4 人生の「破断」と生命学
ところで、「破断」が私の人生の不可欠なピースとして組み込まれるということは具体的にどのようにして起きるのだろうか。これは重要な問いであるが、そのためのノウハウを哲学が教えることはできない。それは臨床心理学や精神医学の領域である。哲学にできるのは、「破断」が人生に組み込まれることが可能であることを論理的に示し、その可能性を保証することにとどまる。哲学はむしろこの限界線内で踏みとどまらなくてはならない。
そのうえで言えば、この論点は、私がかねてより提唱している「生命学」の営みと深い関連性をもっている。私は1988年より「生命学」について考察してきた。生命学は哲学と重なりつつも、哲学とは異なった知的営為である。2007年の論文「生命学とは何か」において、私はそれを次のように定義した。
生命学とは、何かの生きづらさをかかえた人が、限りある人生を、他者とともに、悔いなく生き切るために何をすればよいのかを、自分をけっして棚上げにすることなく探求しながら生きていく営みのことである。(9)
生命学の根本的な発想は、ここで書かれていることに凝縮される。「破断」を経験した人が誕生肯定をめざす生き方を、この生命学の営みと接続させて考えることができる。上記の「何かの生きづらさをかかえた人が、悔いなく生き切るために何をすればよいのかを探求しながら生きていく」という箇所は、まさに本論文で議論したところの、人生で「破断」を経験した人がそれでもなお誕生肯定をめざして生きる生き方というものと見事に重なっている。上記の定義では、その探求のためには、自分をけっして棚上げにしないこと、そして他者たちとともにつながることが必要であるとしている。
まず、「自分をけっして棚上げにしない」とは、ある問題を探求しながら生きるときに、自分自身もまたその問題の当事者であることをけっして忘れずに、その探求の中に繰り込みながら探求するということである。たとえば人生の「破断」について探求しながら生きるときに、それを探求しているこの私もまた、自分自身の人生において「破断」の経験者であること、あるいは経験者かもしれないこと、あるいはこれから経験するかもしれないということを探求の内部に実際に繰り込みながら、「破断」について考えて生きていくこと、これが「自分をけっして棚上げにしない」という意味である。それは、ある問題について考えるときに、つねにこの私の場合はどうなのかを自問自答しながら進んでいくことでもある。そのような営みが探求の中心部分にたえず置かれているような知的行為そして生き方を、私は生命学と呼んできた(10)。
次に、人生を悔いなく生き切るため、とくに「破断」をかかえる人生へと生まれてきたことを肯定するためには、たったひとりだけで「生きづらさ」や「破断」と向き合ったとしても、なかなか前に向かって進むことは難しい。それらをかかえながら人生を肯定的なかたちで前進するためには、同じような「生きづらさ」や「破断」をかかえた人たちとつながり、ささえあっていくことが力となるはずである。2007年論文でもこの点は強調されていた。すなわち、「似たような破断を経験した人々や、別種の破断を経験した人々や、これらのことに長年かかわってきた人々が、お互いに関わり合いながら、それぞれの人生の再創造へと向かっていく」という道があるはずだと考えたのである。それは、いわゆるセルフヘルプグループの活動に近いものだと言える。なぜ他者の「破断」へと関わることが自分の「破断」を自分の人生へと組み入れる助けになるのかと言えば、「他者の破断へと真剣に関わることをとおして、自分のいまの人生の肯定面を発見し、そのことによって、「破断それ自体」と、「破断が起きたにもかかわらずここまで生きのびている自分の人生」とを、徐々に身をもって区別することができるようになるからだろう」と私は考えた(11)。
もちろん、「破断」をかかえた者が、他の「破断」をかかえた者へと接近することは、多大なる危険をはらんでいるし、その危険についてはこれまで何度も指摘されてきた。しかしながら、「破断」をかかえた他者たちや彼らと関わる第三者たちと、適切な距離を模索しながらつながっていくことこそが、私の「破断」の絶望を希望へと変換する大きな力になることもまた真実なのである。そしてそれは、様々な種類の「破断」をかかえた当事者たちについてもまた、同じように言えることだろう。
この点について、もう少しだけ考えてみたい。
「破断」をかかえた私が、その「破断」を自分の人生の不可欠のピースとして組み込むことで人生を再創造しようとしており、その営みをとおして、そのような人生へと生まれてきたことを肯定できるようになりたいと願って生きているとする。そのような私が、同じ営みを行なっている他の人間のことを知り、何かの方法でその人間とやりとりを行ない、交信し、お互いの幸運を願い合うとき、私は「自分はけっして一人ではない」「この世には同じ課題をかかえて同じ方向へと進もうとしている人がいる」という確信を持つことができる。「私は一人ではない」というこの確信こそが、「破断」をかかえたまま誕生肯定を目指そうとしている私を、その最底辺において支えるのである。私は自分の人生を一人で進んでいるのだけれども、けっして一人ぼっちで進んでいるわけではないのだ、私はたとえ離れていたとしても誰かとともに進んでいるのだ、であるから私はこの道を進んでいってもかまわないのだ、この道を進んでいった先にはきっと希望があるのだという激励のメッセージを、私は彼らから受け取ることができるのである。
たとえば、「破断」の二重性、すなわち「破断」の時点へと連れ戻されれば「それはないほうがよかった」となり、人生に組み込まれれば「それはあってよかった」となるという二重性によって私がはげしく揺り動かされるとしよう。しかしそのときでも、「その二重性によって安定を得られない人生を生きているのは私だけではない、誕生肯定を得たであろう他の人間であっても、やはり同じ二重性を経験し続けているのだ」というふうに私は考えていくことができるし、そのようなメッセージを彼らとの交信から受け取ることができる。私の人生は私が主人公になって進んで行くしかないのだけれども、私はけっして一人ではないし、私は人生を再創造しようとしている他の「破断」をかかえた人間たちとのつながりの中にいて、そのつながりから力を得て前に進んでいくことができるのだと心の底から思えるとしたら、それは私が誕生肯定をめざして生きていく大きな力となるはずである。
「破断」をかかえた他の人間たちとつながっていくこと、交信していくことが私にもたらしてくれるもうひとつのメリットは、私と同じ道を私よりも先に進んでいった人間たちや、私よりも遅れて進みはじめた人間たちとつながることができる点である。私は、同じ道を先に進んでいる人間たちの経験を望み見ることができ、彼らの安定と揺れを感じ取ることができる。それによって、私は自分の進んでいる道の先がまったくの暗黒ではないと知ることができる。私は、同じ道を遅れて進んでくる人間たちの様子を望み見ることによって、かつて自分もそこを通ってきたことを思い出し、自分が全体として前に向かっているのを確認することができる。そして彼らに声をかけて、彼らの進路は暗黒ではないというメッセージを送ることができる。
自分の「破断」を人生の必要不可欠のピースとして組み込もうと前向きに生きている人間たちが、互いに異なった時間軸におりながら、つながりあい交信することの豊穣さと不思議さを、石原明子はエッセイ「福島と水俣の交流を通じて」において書いている。
石原は、水俣の人たちと福島原発事故の被災者の若者たちの出会いを、水俣の地でコーディネートした。ともに、水俣病、原発事故という筆舌に尽くしがたい苦難を経験してきた人たちである。水俣の語り部たちは、福島の若者たちを前にして自分たちの人生を語る。「水俣の歴史を生きてこられた人生を語る一つひとつの言葉が、福島の今を生きる若者にとって、一つひとつ自らの人生や地域に起こっていることに響き」、その場は優しい温かさと涙に溢れたと石原は述べる(12)。そして石原は、水俣の語り部の一人が若者たちに語った言葉について、次のように描写している。「[語り部は言う:森岡註]「私は、福島の皆さんに申し訳ない。私が逃げないでもっと自分の人生の早い段階に水俣病や自分の人生に向き合っていたら、原発事故は起こらなかったのではないか。申し訳なくて仕方がない」と声を上げて謝り泣いた。福島からの若者たちも、コーディネートしていた私も、共に声を上げて泣いた。このときの感覚は、言葉で説明できるものではない」(13)。このときに起きたこと、それは「破断」を人生の不可欠なピースとして組み込もうとする次元で起きた、人と人との出会いであり交信であると私は考えたい。そして「「破断」を人生の不可欠なピースとして組み込もうとする次元」において「私は一人ではない」ということを、その場にいた人たちが確信できたがゆえに、言葉では説明できない涙があふれ出たのではないかと私は考えたい。そしてこのような交信の経験は、彼らが人生を前向きに進んで行くためのエンジンのひとつとして働くに違いないと私は感じる。
石原はこの出会いについて、「「未来」と「過去」が出会う」のだと述べている(14)。というのも、水俣の語り部たちは、福島の若者たちから見れば、自分たちの先を進んでいる人たちである。福島の若者たちがこれから将来にかけて経験していくであろう様々なことがらをすでに経験した人たちが目の前にいるのである。若者たちは、人生の先行者たちと出会うのである。それと同時に、もうひとつの出会いがある。福島の若者たちは、水俣の若者たちとも交流する。福島の若者たちは、福島にはもう未来はないのではないかと不安に感じているが、しかし水俣には、何十年後の福島とも言える水俣を現に生きている水俣の若者たちがいるのである。福島の若者たちは、彼らと交流することによって、自分たちの地域の遠い未来を透視することができるのである。このような二重の意味での未来と過去の出会いがあったと読むことができる。
「「破断」を人生の不可欠なピースとして組み込もうとする次元」において人々がつながり合い、交信することで、「誕生肯定をめざして生きる営みにおいて私は一人ではない」という確信を得ることが可能となる。「破断」を経験した人が誕生肯定をめざして生きるときの希望が、この位置に存在する。
5 加害者が誕生肯定することをどう考えるか
前節の「破断」の議論で主に想定されていたのは、自然災害、戦争、犯罪などの被害に遭って「破断」を経験した人間であった。「破断」を経験した被害者が、その後の人生を生き延び、誕生肯定に至ることはできるのかという問題設定であった。このテーマについて討論を行なうと、「では犯罪の加害者が誕生肯定を行なうことができるのか、もし加害者が誕生肯定を行なったときにそのことを我々はどう考えればよいのか」という質問を投げかけられることがある(15)。これは巨大な論点なのでここで十分に答えることはできないが、それでも若干の見通しは述べておきたい。
まずは三つのケースに分けて考えてみたい。(1)加害者の加害行為が加害者自身にとって「破断」となっている場合、(2)加害者の加害行為が加害者にとって「破断」となっていない場合、(3)ヒトラーのような人間の場合(16)、である。
まず(1)のケース、加害者の加害行為が加害者自身にとって「破断」となっている場合である。まず考えるべきは、加害行為が「破断」となるとはどういうことかである。そもそも「破断」とは次のようなことであった。すなわち「破断」とは、愛する家族を無残に殺されたり、あるいは自分がレイプや戦争被害を受けたりといった悲惨な体験をしたときに、自分の人生がその時点で暴力的に断ち切られたような状態になり、未来へと前向きに生きていこうとする力が奪われてしまうことであった。ということは、加害行為が「破断」となるとは、加害者がそのような加害行為を行なったときに、その加害行為によって加害者自身もまたその後苦しめられ、「自分の人生がその時点で暴力的に断ち切られたような状態になり、未来へと前向きに生きていこうとする力が奪われてしまうこと」であると言えるだろう。このような事態は現実にも多く存在すると考えられる。たとえば、ある人間が家族や親しい人間を殺したあとで、自分が未来へと前向きに生きていこうとする意欲を失い、自殺することがある。あるいは加害者が、みずからの加害行為の記憶によって継続的に苦しめられ、他人に助けを求めたり、警察に自首したりすることもある。
このような加害者が、「破断」をかかえた人生へと生まれてきたことを肯定する道筋があるとすれば、それは以下のようなものになるだろう。すなわち、「破断」は人生の不可欠のピースとして組み込まれ、「それはあってよかった」と肯定されるが、しかしながら、「破断」を導いた出来事については、「それは起きるべきではなかった」として否定される。そして、自分はもう二度とその「破断」を導いた出来事を繰り返さないと心の奥底から誓うし、この世界で同じような出来事がもう二度と繰り返されてはならないと心の奥底から願う、ということになるだろう。すなわち加害者の誕生肯定は、被害者の誕生肯定とは異なり、「破断」を導いた出来事についてはけっして肯定に転ずることがないのである。ここが決定的な違いである。「破断」と「破断」を導いた出来事の区別は、加害者の誕生肯定において、もっともその効力を発揮する。
もしこの道筋が取られるならば、加害者は、被害者あるいは被害者家族に対して正しく謝罪したい、そして許しを請いたいという望みを持つことになるはずだ。では、謝罪して許しを請いたいとはどういうことかと言えば、それは、加害行為によって自分もまた「破断」を経験したこと、「破断」を導いた出来事は起きるべきではなかったと深く後悔していること、自分はもう二度とそれを繰り返さないと心の奥底から願っていること、この世界で同じような出来事が二度と繰り返されてはならないと心の奥底から願っていること、社会で承認された罪の償いを履行すること、これらを被害者あるいは被害者家族に伝えたうえで、自分を守る防御をすべて捨てて被害者あるいは被害者家族の前に裸で立ち、彼らからの言葉を待とうとすることである。ここにおいて、「破断」は肯定するけれど「破断」を導いた出来事については否定するという切り分けが相手に十分に伝わることが重要である。
では、そのときに被害者あるいは被害者家族が加害者を許すとは、何をすることなのだろうか。それは、加害者もまた「破断」を経験したという点においては自分たちと同類の人間なのであると納得し、自分の内側から湧き上がってくる復讐や憎しみが自分の外側へと発出していくのを押しとどめ、「破断」を導いた出来事がもう二度とこの世界で起きないことを願うという点に関しては加害者も自分も同じ思いであるという「つながり」の地平に立とうとすることである。そしてそのような意味の言葉を、加害者に向けて発することである。これが、「破断」を経験した加害者に対する許しの形であろうと私は考える。
もちろん、「破断」を経験した加害者を、被害者あるいは被害者家族が許せるかどうかは分からない。許すべきかどうかについても、非常に複雑な問題が存在する。それについて本論文で詳述することはできない。被害者あるいは被害者家族の「破断」と、加害者の「破断」がある意味でつながることを通して、許しが成立する可能性はたしかにある。生命学の項で述べたような被害者同士のあいだでのつながりとはまた異なった様相でもって、被害者と加害者がつながる可能性がある。そのようなことがたびたびあるとは考えられないけれども、まったくないとは言えないところに、私は一筋の光を見たい(17)。
次に(2)のケース、加害者の加害行為が加害者にとって「破断」となっていない場合はどうであろうか。すなわち、暴力や殺害や裏切りなどの重大な加害行為を行なっておきながら、その出来事が加害者にとってまったく「破断」の経験とはなっておらず、その出来事は「なければよかった」と加害者が深く反省することがないような場合である。
それらの加害行為を行なったにもかかわらず、加害者自身がその出来事によって「破断」を経験せず、そのうえで、そのような加害行為を含んだ自分の人生全体について、私は生まれてきて本当によかったと「誕生肯定」を行なうことはあり得る。実際、このようなケースは多いのではないかと私は想像する。自分は好きなことをやりたいようにやってきたし、生きたいように生きてきたのだから、たとえその結果としてどんな苦しいことが他人に起きようとも、自分の人生に悔いはないと言い放つ人間はいるであろう。
自分の本心をごまかしたり、自分を大きく見せたりするためにそのように言うのでなく、心底からそのように考えているのだとした場合、これを「誕生肯定」と呼んでもいいのだろうか。自分の直接的な加害行為によって他人をどん底に突き落としておきながら、それは起きなければよかったとはまったく思わず、そのような人生に「生まれてきて本当によかった」と思うことを「誕生肯定」と呼んでもいいのだろうか。
この問いに答えるのは非常に難しい。それを承知で結論だけを言えば、それはやはり「誕生肯定」と呼ばれるべきであると私はいまのところ考えている。なぜなら、たとえそれがどのような内容を持つ人生であれ、人間が「生まれてきて本当によかった」と心の奥底から思うことができるのであれば、それは定義上「誕生肯定」をしていると考えなければならないからである。「誕生肯定」には本物の「誕生肯定」も偽物の「誕生肯定」もない。あるのはひとつの「誕生肯定」のみである。
この考え方はいくつかの問いを突きつける。
第一に、「破断」の経験を経ない加害者の誕生肯定を我々は許せるのかという問題がある。被害者や被害者家族の立場になってみれば、みずからをどん底にまで突き落とすような加害行為をしておきながら、それによって加害者はダメージを受けることもなく、ましてや加害行為をした自分の人生について加害者が誕生肯定をするなどということは、とうてい受け入れがたいことであろう。人間の感情の次元の問題として当然のことである。
第二に、「破断」の経験を経ない加害者の誕生肯定を社会はどのように取り扱えばよいかという問題が出てくる。多くの人間にとって許しがたいと感じられるであろう加害者の「破断」なき誕生肯定を、社会はどのように処遇すべきかという問題である。もっとも簡単に出てきやすいのは、応報的な処置である。すなわち、加害者の誕生肯定に対して何らかの制裁を与える方法である。すなわち、何かのパワーをもちいて加害者の誕生肯定を崩壊させ、加害者を誕生否定へと追い込むのである。それらの措置を包括して「誕生否定刑」と呼ぶこともできるだろう。
これに対して、加害者が「破断」なき誕生肯定に至ること自体は、たとえ望ましいとまでは言えないとしても、けっして社会から制裁を受けるべき対象ではない、というふうに考えることもできる。加害者が誕生肯定に至るかどうかは徹底的に加害者自身の人生の処し方の問題であり、社会がなすべきはそこに介入することではなく、同じような加害行為がふたたび社会に生起しないような仕組みを作り上げるように模索することである、と考えるのである。
さらには、加害者が「破断」なき誕生肯定に至ることは、それはそれとして喜ばしいことなのだから、否定的な価値判断を行なったり、制裁を加えたりするべきではないという考え方もあり得る。たとえ他人を残虐に殺したり、他人の誕生肯定を踏みにじったりした加害者であったとしても、その加害者が「破断」なき誕生肯定に至って「生まれてきて本当によかった」と思えるのであれば、それはそれとして認めなければならないのであるし、そうしてはじめて「どんな人間であっても誕生肯定の可能性はある」というもっとも強いかたちでの誕生肯定の思想に至ることができる、とするのである。
ただしこの場合、加害者が「破断」なき誕生肯定を行なうことによって、被害者あるいは被害者家族がみずからの誕生肯定を行なえなくなる、という事態も想定される。まったく反省なく自分の人生を肯定している加害者を目の当たりにしたら、はらわたが煮えくりかえってしまって、被害者や被害者家族はみずからの「破断」をあってよかったと肯定することなど不可能になってしまうことだろう。するとふたたび、被害者あるいは被害者家族の誕生肯定を導くために加害者に「誕生否定刑」を課すという道筋が出てくるかもしれない。ここには死刑に似た難問がある。
加害者の「破断」の経験を経ない誕生肯定を社会はどのように取り扱えばよいかという問題については、私は第三の考え方を取りたいという気持ちである。だがそのときに解決しておかなければならない理論的な問題がたくさんあるので、詳細な検討は他の機会に改めて行なうことにしたい(18)。
第三に、そもそも誕生否定を経ることのない誕生肯定とはいったい何なのかという問いが出てくる。というのも、そもそも誕生肯定というテーマが人生の問いとして浮上してくるのは、「自分は生まれてこなければよかったのではないか?」という誕生否定の問いが、たとえほんの少しであったとしても自分の人生に存在しているときに限られるのではないだろうか。そのような動機付けがほとんどなく、「生まれてきてよかったかと問われれば、それはよかったと思いますね」という感じのライトな肯定感を単に持っているだけの場合、それは私が本論文で考察してきたような種類の誕生肯定だとはたして言えるのだろうか。
すでに述べたように、誕生肯定に本物も偽物もないのだとしたら、誕生否定を経ることのない誕生肯定もまた真正な誕生肯定だということになる。だとすると、誕生肯定には、誕生否定を経たものと、経ないものの二種類があることになる。そして、その二つはともに真正な誕生肯定であるのだが、前者には誕生肯定の思想を希求する動機と切実さがあるのに対して、後者にはそれらが希薄である、ということになる。だがこれは正しいのか。この点についても、引き続き考えていきたい。
最後に(3)のケース、ヒトラーのような人間の場合はどうなのかである。たとえばヒトラーが誕生肯定に至るというケースをどう考えればいいのか。これは前記の(2)の具体例として考えることができる。ヒトラーという固有名が出ることによって、感情的な次元において大きな拒否感が起きてくるが、基本的には(2)で考察したことで尽きている。実際問題としては、ヒトラーは絶望の自殺によって生を閉じたのであるから、誕生肯定に至ったとは考えにくい(19)。
6 おわりに
以上、いくつかの問題をめぐって、補足的な考察を試みてきた。多くは断片的なものにとどまっており、今後のさらなる精査が必要である。これら多岐にわたる考察は、すべて誕生肯定の哲学という大枠に収められることになるだろう。そしてジャンルとしては「生命の哲学」を構成することになるだろう。
文献一覧
石原明子 (2016)「福島と水俣の交流を通じて」『福音宣教』4月号、pp.21-27。
小松原織香(2012)「赦しについての哲学的研究:修復的司法の視点から」『現代生命哲学研究』第1号、pp.25-45。
小松原織香 (2014)「「物語としての赦し」と「祝祭としての赦し」」『現代生命哲学研究』第3号、pp.1-14。
森岡正博 (1996)『宗教なき時代を生きるために』宝藏館。
森岡正博 (2003)『無痛文明論』トランスビュー。
森岡正博 (2005)『感じない男』ちくま新書。
森岡正博 (2007)「生命学とは何か」『現代文明学研究』第8号、pp.447-486。
森岡正博 (2011)「誕生肯定とは何か:生命の哲学の構築に向けて(3)」『人間科学:大阪府立大学紀要』第6号、pp.173-212。
森岡正博(2013a)「「生まれてこなければよかった」の意味:生命の哲学の構築に向けて(5)」『人間科学:大阪府立大学紀要』第8号、pp.87-105。
森岡正博 (2013b)『まんが哲学入門』講談社現代新書。
* 科学研究費「「人間のいのちの尊厳」に関する哲学的基盤研究」研究課題番号:26370026の成果である。
1) 森岡正博(2011), p.182.
2) 森岡正博(2011), p.182.
3) 森岡正博(2011), p.183.
4) 森岡正博(2013b), p.210.
5) 森岡正博(2011), p.185.
6) 森岡正博(2013a), p.196.
7) 森岡正博(2011), pp.194-200. 表現を多少変更して、分かりやすくした。
8) 小松原織香(2014).
9) 森岡正博(2007), p.457.
10) その成果として森岡正博(1996)、森岡正博(2003)、森岡正博(2005)の三部作がある。
11) 森岡正博(2007), pp.468-469.
12) 石原明子(2016), p.25.
13) 石原明子(2016), pp.25-26.
14) 石原明子(2016), p.26.
15) これに直接的に連関する問いを最初に投げかけたのは、森岡正博(2011)刊行後に開かれた研究会における小松原織香の発表「“〈私〉に災厄をもたらした者X”の誕生を肯定するとはどういうことか」(2011年頃:発表日不明)であった。本論文での議論は、この問いかけに正面から答えるものにはなっていない。その後、学会や講演会などで聴衆の方からこの種の問いを投げかけられることがよくある。
16) (3)は具体例の考察であり、それが(1)あるいは(2)から概念上分かたれるわけではない。
17) と同時に、「破断」を介したつながりによって、たとえば共依存的関係へと再度取り込まれたりする危険性があることにも注意を払わなくてはならない。
18) この問題は、さらにジャック・デリダが晩年に問うていた「赦し得ないものを赦す」というテーマに接続するものである。小松原織香(2012)参照。さらには親鸞らの「悪人救済問題」とも接続するものである。このように考えれば、誕生肯定と「破断」の問題は、倫理の次元を超えて宗教の次元にまで至ることになるだろう。
19) では誕生肯定に至ったかもしれないヒトラー似の人物がいるだろうか。スターリンは誕生肯定に至った可能性のある人物かもしれない。しかしそれは本論文の主要テーマではない。