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作成:森岡正博
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資料
生体肝移植ドナー調査に関する要望書
私たちは、「生体肝移植ドナー体験者の会」に集う有志の者です。
厚生労働省におかれましては、日頃から「生体肝移植医療」に対しまして多大なるお力添えと温かなご理解をいただいておりますこと、心より感謝申し上げます。
さて、2003年1月27日、京都大学付属病院から、同病院で生体肝移植の際にドナー(臓器提供者)となった方が重体であり、治療のためにドミノ移植を受けたということが発表されました。この発表は、私たち生体肝移植ドナー体験者にとっては、他人事ではありません。昨年の日本肝移植研究会の報告にありますように、ドナーにも移植手術後にそれなりの頻度で合併症がおこり、移植手術からかなりの時間が経っても、それら合併症に苦しんでいるドナーもいます。今現在の移植医療現場では、継続的にドナーが安心してケアを受けられるような体制はまったくありません。そのため、移植直後に合併症にかからなかったドナーでも、移植手術によって今後起こるかもしれない体調不良に不安が常にあります。それどころか、昨年の日本肝移植研究会の報告も含めてドナーの健康状態の追跡調査さえ、きちんとおこなわれていないのが現状です。そこで、昨年、私たちは、日本肝移植研究会に質問状を送付いたしました。日本肝移植研究会からの回答では、前回行った調査は各医療機関からの回答を元に行ったためこちらの指摘通り実際とは異なっている可能性があるとのこと、今後の追跡調査の実施方法や時期等については、昨年11月までに方針を決め私たちにその内容を報告するとのことでしたが、現時点(2003年1月28日)ではそれらについて一切連絡をいただいておりません。今回の京都大学付属病院のこともあり、厚生労働省の方々にも私達有志の主旨をご理解いただきたいと考え、以下に私達が抱いております疑問点と要望を記してお送り致します。どうかご高覧の上、ご指導を賜りますようお願い申し上げます。
1.「日本肝移植研究会は今年4月、1834例について提供者の健康状態を調べた」とありますが、私たち「生体肝移植ドナー」体験者の会に集う有志には現在まで誰にも何ら自身の体調等についての問い合わせはありません。この調査は誰を対象にどのような基準で何を調査されたのでしょうか?
2.「生体肝移植」においては、左葉摘出か右葉摘出かによってその後身体に与えるリスクが異なると考えられます。今回発表になったデータはそれらが混然となっており、科学的見地からも実態をきちんと捉えた調査とは言いがたいと思います(参考資料1参照)。
3.「提供者全員を生涯にわたって追跡調査するとともに、安全対策委員会を設けて原因と予防策を探ることにした」と記事にはありますが、日本肝移植研究会研究会が構想される「追跡調査」はどのような内容で実施されるのでしょうか。
以上が日本肝移植研究会に送った質問書の骨子ですが、私たちはとりわけ「ドナーの全数調査(レシピエントが亡くなったドナーを排除しない)」の必要性(参考資料2参照)と、それに対する国の適切な予算措置こそが焦眉の急と考えます。また一方で、正確な調査結果を踏まえ、医療現場で今現在患者家族に対して成されているドナーの危険性に関する説明内容の検討と改善が是非とも必要であると考えます。今現在医療現場では、ドナーが受けるかもしれないリスクの説明内容が充分とは言いがたいだけでなく、手術後、継続的にドナーが安心してケアを受けられるような体制はまったくありません。それどころかレシピエントのフォローですらおぼつかないのが現状です。
今後、厚生労働省のご指導を得て、何とか実りのある調査の実現されますことと、移植医療現場における術後のフォローアップ体制の強化を切に願うものであります。私たち有志の者は、「生体肝移植」の発展を願うと同時に、ドナーの安全性の確保、およびこの医療に懸ける多くのご家族願いが、説明内容や情報提供の不足によって無残にも打ち砕かれ、医療へのぬぐうことの出来ない不信となって残ることのないよう、体験者の視点からの問題提起をこれからも続けていくと同時に、可能な限り自分達の体験(参考資料 3参照)や医学的データを公開し調査協力を行う所存であります。今後ともどうぞよろしくご指導いただきますようにお願い致します。お忙しいところ誠に恐縮に存じますが、ぜひ上記の件に関しまして願わくは書面にてご回答をお寄せいただきたく重ねてお願い申し上げます。
平成15年2月4日
「生体肝移植ドナー体験者の会」有志
代 表 若山昌子
事務局 鈴木清子
他
ドナー体験者 10名
参考資料1 「ドナーの摘出部分別術後調査の重要性」
ヒトの体重に占める肝臓の重量は、2%前後である。治療目的で肝切除を行う場合、70%程度の肝切除であれば、安全に再生するとされている。しかし、部分肝移植の場合、移植肝の摘出、保存、そして移植後の免疫反応により、肝臓がある程度障害を受けることが予測される。また、肝疾患により蓄積された体内の大きな負荷があり、こうした負荷と移植肝は向き合っていくことになる。こうしたこともあり、どれくらいの肝重量が必要かよくわかっていなかった。生体肝移植がはじまった当初、ドナーの安全性から、外側区域もしくは左葉が移植肝(肝臓全体の20〜40%)として用いられてきたが、レシピエントが体形の小さい幼い子供ということもあり、脳死からの移植と変わらない成績であった。しかし、体形の大きな成人への生体肝移植の症例が増えるにつれて、その成績は脳死からの移植に比べて、明らかに悪いものであった。木内らによると、移植肝の重量がレシピエントの体重の1.0%を切ると、移植手術から約半年の間に生存率が15%低下し、0.8%を切ると約三ヶ月の間にさらに15%ほど低くなることが報告されている(1)。これは、移植された臓器が最低限の大きさに再生する前に身体をささえられなくなることを示唆している。
こうしたこともあり、近年、成人の症例を中心に右葉(肝臓全体の60〜70%)が用いられるようになってきた(2), (3), (4)。ドナーの右葉を用いることは以前から議論されてきたが、外側区域や左葉に比べて重量が大きいため術後のドナーに重篤な合併症が起こる可能性があり、わが国では、左葉が使えずに緊急的に右葉を用いた1例(5)を除き、生体肝移植がはじまってしばらくの間、右葉を用いた移植は見送られてきた。実際、海外では、十分な検討をせずに右葉移植を用いて、ドナーに重篤な合併症が術後発生したことや(6)、死亡者が出たことが報告されている。右葉を用いた移植により、成人を中心に、幼い子供に比べて多くの肝重量が必要とされるレシピエントの移植成績は、脳死からの移植と同等の成績となりつつある。
しかし、右葉摘出ドナーの場合、外側区域や左葉ドナーに比べて術後のビルリビンの値が高いことや胆汁漏などの合併症が多いことが報告されている(7)。今回、術後に重篤な合併症にかかり、移植を受けることになった京都大学付属病院のドナーの方も右葉であった。また、こうした合併症以外にも、外側区域や左葉と違って、右葉の場合、胆管の分岐様式にバリエーションがあり、移植手術の手技も左葉に比べてまだまだ多くの問題があることが報告されている(8)。こうしたことから、従来の外側区域や左葉からの移植と異なった視点で、ドナーの術後の経過を調査する必要がある。
参考文献
(1)
木内哲也、田中紘一
(1999) “成人生体肝移植のあゆみと展望”, Bio Clinica 14,
233-235
(2)
Inomata, Y. et al. (2000)
“Right lobe graft in living donor liver transplantation.” Transplantation 69, 258-264
(3)
Marcos, A. et al. (1999)
“Right lobe living donor liver transplantation.”, Transplantation 68, 798-803
(4)
Fan, D T. et al. (2000)
“Safety of donors in live donor liver transplantation using right lobe grafts.”
Ann. Surg.
231, 126-131
(5)
Yamaoka, Y. et al. (1994)
“Liver transplantation using a right lobe graft from a living related donor.” Transplantation 57, 1127-1130
(6)
Lo, C M. et al. (1997)
“Adult-to-adult living donor liver transplantation using extended right lobe
grafts.” Ann. Surg. 57,
269-270
(7)
猪俣裕紀洋
他 (2000) “生体部分肝移植の治療成績”, 外科治療 82, 171-178
(8)
Nakamura, T. et al. (2002) “Anatomical variations and surgical strategies in right
lobe living donor liver transplantation: lessons from 120 cases.” Transplantation 73, 1896-1903
参考資料2 「生体肝移植ドナーの術後調査の現状とドナーの全数調査の必要性」
1989年にわが国第1例目の生体肝移植が行われて以来、すでに2000例以上もの生体肝移植がわが国で積み重ねられてきた。この生体肝移植は、脳死移植が進まないということもあり、わが国が中心になって確立された医療の一つである。現在では、肝移植医療の確立した手技として世界で採用され、脳死ドナーの不足を背景に欧米でも積極的に行われている。生体肝移植は健常者をドナーとするため、ドナーの安全が最優先項目である。しかし、レシピエントの術後の経過についてはどの医療機関でも学術誌、学会等で報告しているにもかかわらず、ドナーの術後の経過を報告しているわが国の医療機関は少数である。むしろ、近年、生体肝移植をはじめた海外の医療機関の方がドナーの術後の経過について報告をしつつある。こうした日本と海外の医療機関との取り組みの違いとして、わが国の肝臓外科は、海外の医療機関に比べて技術力が高く、肝切除手術による死亡率や術後合併症にかかる割合は、海外の医療機関よりもきわめて低いとされているからかもしれない。実際、海外では、手術の失敗と思われる生体肝移植のドナーの死亡事故が報告されている。幸い、わが国では、死亡事故や長期にわたる肝不全などの重篤な合併症は先日(2003年1月27日発表)の京都大学付属病院の症例を除き、起こっていないと報告されていた。しかし、これら重篤な合併症とはあくまでも肝臓外科医の視点によるものである。実際には、再手術が必要な場合、長期間(3か月以上)に渡って入院して治療が必要な場合、数年以上通院する必要な場合など、私たちドナーおよびその家族からみれば重篤と思われる合併症が起きているのにもかかわらずそれらは報告されていないのが現状である。また、こうした合併症以外にも、体形変化、腹痛、疲労感など術後のQOLの低下を長期間訴えるドナーも多く、これらのために、移植前と同じ職場(学校)になかなか復帰できない場合やリストラ(退学)になったドナーもいる。
現在のところ、こうしたドナーの術後の合併症や術後の経過の調査については、各医療機関に任されている。先日行われた肝移植研究会で行われた調査でも、各医療機関が集めた結果を元にまとめたものが報告されていた。現状では、各医療機関で行われている調査は、移植手術から退院までの期間に起こった合併症が中心である。退院後に調査を行っている医療機関は少なく、退院後に調査を行っている医療機関でも定期的に検診等を行っているところは皆無である。これは、通常、肝機能の数値は術後1〜2週間で手術前と同様の値に戻ること、術後1ヶ月ぐらいで元の大きさに肝臓が再生すること、そして胆管狭窄や胆汁漏といった重篤な合併症は術後直後に起こることが多いためと思われる。しかし、術後7年経過して肝機能障害が生じた症例(1)や、イレウスのように術後からしばらくして生じる重篤な合併症もあり、移植手術直後だけではなく、長期間に渡って調査する必要がある。
また、現在のところ、レシピエントが亡くなった場合、ドナーおよびその家族とは一切連絡をとらない医療機関が大半である。レシピエントが生存している場合には、レシピエントは生涯に渡って移植医療機関に通院する必要があることもあって、ドナーも比較的容易に自分の体調の様子を伝えることができ、移植医療機関側もドナーの術後の経過を知ることができる。しかし、レシピエントが亡くなった場合、移植医療機関との連絡が途絶えてしまっていることもあって、体調が良くない場合でも移植医療機関に連絡することを躊躇するドナーも多い。現在の生体肝移植の一年生存率は、約80%である。つまり、約20%のレシピエントが亡くなっており、そのレシピエントのドナー(全ドナーの約20%)における術後の経過については、移植医療機関側がきちんと把握していない可能性がある。
生体肝移植は、健常者であるドナーの安全性の確保が大前提であり、生命にかかわらないことはもちろん、術後に日常生活に支障を来すようなこと合併症があってはならない。しかし現状では、生命にかかわる合併症は少ないものの、日常生活に支障を来すような合併症は私たちドナーおよびその家族からみればかなりの頻度で起こっているにもかかわらず、きちんと報告されていない。以上の点から、わが国が中心的になって確立されたこの生体肝移植をさらに安全に進めるには、移植手術から退院までの調査だけではなく、全てのドナーについて生涯にわたる健康状態をきちんと調査して公表し、合併症については、その原因を究明し予防に努めることが必要である。
参考文献
参考資料3 「生体肝移植ドナー体験者およびその家族の経験から」
臓器移植は他の医療と違って、患者本人だけではなく臓器提供者(ドナー)という別の人からの支えがあって成立する。肝臓移植の場合、ドナーには、脳死の方から移植する脳死肝移植と、健康の方から肝臓の一部を切除して移植する生体肝移植の二つがある。いずれの場合にしても、日本ではかけがえのない他者からの提供もあり、移植医療は現存するいかなる医療行為を施しても救命することができない肝不全患者の末期医療として位置づけられている。わが国では、1997年6月に脳死移植法案が成立したもの、その症例数は2002年9月時点で20例とその数は少数である。そのようなこともあって、わが国では生体からの移植が主流である。
現在のところ、生体からのドナーは、わが国の移植医療機関ではレシピエントと血縁者もしくは配偶者としている。このことは、ある意味でドナーおよびその家族にしてみれば大きな負担となっている。それは、1 手術前には場合によっては命を落とす可能性のあるドナーに血縁者もしくは配偶者の誰がなるかということ、2 手術後には、健康者とはいっても移植手術が体に与える影響が大きく、術後に大きな合併症にならない場合でも、退院まで約2週間前後、社会復帰までは数ヶ月かかる場合が大半であり、短期間とはいえレシピエントとドナーという二人の患者が生じるからである。このドナーが移植手術後、患者になるという認識は現在のところ医療機関にはあまりないように思える。手術前のインフォームドコンセントにおいて危険性については一通りの説明はあるものの、そうした危険なことが起こる割合は少ないということを聞いて、ドナー候補者とその家族は、安心して移植手術に臨むことが多い。しかし、実際のところ、移植手術が終わってみて、術後に大きな合併症にならなかった場合でも、わたしたちを含めて大半のドナーは、当初のインフォームドコンセントで聞かされていたよりも大変だったという感想を持っている。移植手術からしばらくの間はレシピエントの術後管理が大変でドナーまでなかなか手が回らないことが多く、そうした医療機関側の看護に対して、疎外感をもった人もいる。術後に大きな合併症にならなかった場合でも、退院してからしばらくの間は移植手術前に比べて何らかの体調不全が大半のドナーにあるが、それらは外科医的に見て大丈夫と思われる場合は放置されているのが普通である。しかし、大丈夫と言われても体調不全があることは事実で、わたしたちドナー体験者は、きちんと診療してもらいたいと思っている。またそうしたことは手術前のインフォームドコンセントでは、きちんと説明されなかったと思うドナーも多い。
レシピエントが生存している場合には、生涯にわたって移植医療機関に通院する必要があり、ドナー術後の定期健診や追跡調査がほとんど行われていない現状でもドナーの体調不全があった場合は比較的容易に移植医に伝えることができる。しかし、レシピエントが亡くなった場合には、移植医療機関から一切連絡がないこともあり、わたしたちドナーおよびその家族は移植手術によって将来起こるかもしれない体調不調の際には、誰にきちんと診療および治療してもらえるかが常に不安である。また移植手術に関係がない日常的な体調不全に対する通院や職場などの定期健康診断でも、生体肝移植のドナーということで、偏見でみられることもある。また、これまでのところ、移植医療に対する患者団体でも、あくまでもこうした患者団体はレシピエントを対象にしたものが多く、ドナーの問題についてはあまり扱われてこなかった。むしろ、こうしたドナーの問題をきちんと表に出して議論することは移植医療を推進するのを妨げになると思って、取り扱いたくないと思っている移植患者団体もある。そうしたこともあって、わたしたち生体肝移植のドナーおよびその家族は、不安な日々を過ごしている。
生体肝移植がわが国で始まった当初は、特定の疾患の幼い子供を中心であったが、現在では適応疾患は広がり成人まで行われるようになり、移植医療機関によってはむしろ日常的な医療となっているところもある。しかし、生体肝移植がはじまった当初から議論されてきたドナーの問題については放置されたままで一切解決していない。むしろ、はじまった当初よりもレシピエントの適応範囲が広がり、ドナーの体に与える影響の多い右葉を用いた移植が本格的にはじまった今のほうがより深刻な問題が生じているように思われる。現状のままでは、先日報告された京都大学付属病院のように重篤なドナーの方が次々と出てくる可能性が非常に高い。こうしたことを防ぐためには、移植医療機関、国、そしてわたしたちドナー体験者とその家族が協力しあって、いま生体肝移植に起こっている問題を明らかにし、その対応策を考えていく必要がある。