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作成:森岡正博 
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インタビュー

『毎日新聞』大阪版 2002年5月21日 (火)朝刊

クローン人間

生命の根源介入に不安
──国際的な歯止めが必要──

森岡正博

入力:りんご

 「クローン技術を使ったヒトの妊娠成功」のニュースが4月、世界を駆けめぐった。「クローン人間」の現実化は、どのような問題を現代人に突き付けているのか。文明とのかかわりで生命の問題を探究している大阪府立大教授の森岡正博さんに聞いた。
【学芸部・大井浩一】

 ──「妊娠」報道を、どう受け止めましたか。
 ◆そもそもメディアへの発表の仕方に、意図的なものを感じました。医師が直接、公の場に出てきたのではなくて、アラブ系の新聞に情報を流すという形をとった。メディアによってニュースの扱いの大きさが分かれたのは、情報ソースの信ぴょう性をめぐる判断の違いでしょう。実際、具体的な事実がほとんど明らかになっておらず、分からないことばかりです。

 ──世界的にクローン人間づくりを禁止する動きが強まっています。
 ◆世界の科学者の大勢は「クローン人間を今つくるのは早過ぎる」という点で一致しており、きわめて例外的なケースです。報道された通りと仮定して、一番大きな問題は生まれてくる赤ちゃんの人権です。今の技術では染色体にどのような変異が生じるかを事前に予測できません。人体実験に等しいひどい行為で、医師のモラルと同時に、不妊を理由に依頼したという親のモラルも厳しく問わざるを得ません。倫理的な妥当性に問題を抱えたままでの「見切り発車」の印象が強い。

 ──技術的に危険が大きい、と。
 ◆単に危険だからというだけでなく、女性の体を極端に「資源」化している点にも問題があります。現在の技術水準では、採取された卵の個数や用意した代理母の人数、妊娠までに経た中絶の件数は、いずれもかなりの数に上ると予想されます。

 ──技術の問題は、いずれはクリアされる可能性がある。より大きな問題は、その先にあると主張していますね。
 ◆将来的には、高い確率で安全に「クローン人間」が生まれるようになるかもしれません。そうなった段階で予想されるのは、「問題はない。『クローン人間』を認めてもいい」という考え方と、「それでもおかしい」という考え方の二つです。しかし、「それでもおかしい」という主張については、根拠を示すのが難しい。その根拠を私は、「根源的な安心感」が奪われてしまう不安、と説明しています。

 ──根源的な安心感とは。
 ◆自らの細胞や遺伝子にまで介入できるようになった時に、人間が漠然とした不安感を抱くようになったのは確かだと思います。私はその感覚の正体を、根源的な安心感が奪われる不安と考えました。人間が自分では決して動かせない「不動の大地」の上に立っているような安心感ともいえます。ところが、遺伝子や生殖の仕組みなどの生命活動の根源に触れることは「不動の大地」を崩すことになる。そのように人々は直観しているのではないでしょうか

 ──どうすれば安心感を回復できるのか。
 ◆この問題は「人類としての知恵」にかかわるものだと思います。文明が始まって以来、人類は自然の改変も含め、根源的な安心感を侵食し続けてきたともいえます。このまま侵食を続けていけば、一気に危機に陥る可能性がある。だから、根源的な安心感を守るために、人間は自らの意思で「ここから先へは立ち入らない」という柵を、どこかに打ち立てざるを得ません。国連でクローン人間禁止を目指す国際条約づくりが始まっていますが、「核不拡散」の合意と同じように、国際的な歯止めを設ける段階にきていると思います。

 ──「クローン人間誕生」も近いとみられます。考えておくべきことは。
 ◆第一に守らなければならないのは生まれた子供の人権です。過度の注目と偏見にさらされないよう、プライバシー保護のための対応を考えておく必要があります。同時に、その子供がどのような状態に置かれているかといった一般的な情報は公開されなければなりません。何よりも現代に生きる一人一人が、文明論的なスケールの視野からクローン技術の問題を考えるべきだと思います。

[視点]
 森岡さんは「無痛文明」批判を展開していることでも知られている。「無痛」とは、痛みや苦しみをなるべく少なくし、さらには、まだ起きていない痛み・苦しみをも予防的に排除しようとする現代文明のあり方を指す言葉だ。分かりやすくいえば、過度の健康・長寿願望、科学信仰への批判ということになるだろうか。こうした大きな文明の流れに押し流され、現代人は心の豊かさや生命の喜びを失ってきたとする森岡さんの警鐘には、深く耳を傾ける必要があると感じる。(大井)