プロローグ
地球温暖化の果てに、大気システムの撹乱につづいて、海洋システムが撹乱した。さらに、地殻システムにも撹乱がおよんだ。これらのサブ システムは、当初、それぞれが個々別々に撹乱し出したが、やがて相互に影響し合い、さらなる撹乱を呼び、ついに地球システム全体を撹乱させてしまった。
大気圏における大気大循環で生じた乱れが海域にエルニーニョ現象やラニーニャ現象のような高水温域や低温域といった異常現象を呼び起こす。海域の異常現象がこんどは大気の流れに影響をおよぼす。
こんなふうにサブシステム相互に影響がおよび、撹乱が撹乱を呼ぶのだ。
大気システムに生じた撹乱は海洋大循環に異常を生じさせ、地圏に撹乱を呼び起こす。そしてこれらは、やがて地球システムの大撹乱を招くことになった。
地球システムの大撹乱によって、火山同時噴火が相次いだ。そうこうしているうちに、地球の自転軸が大きく揺らぎ出した。次第に、揺らぎ 幅が増していく。このまま放置すれば、揺らぎはますます大きくなっていくにちがいない。
原因はグリーンランド氷床大滑落と北極海の海氷の消滅によって生じた重量バランスの急激な変化によると考えられた。
もしこのまま揺らぎ幅が増えつづけば、地球にどのような事態が生じるか。日本列島はどうなるか。
偏西風の蛇行が常態化し、天候は激変を繰り返すことになるのか。地上を風速一〇〇メートルもの烈風狂風が吹き荒び、表土を吹き飛ばし、砂塵を巻き上げ、世界中に大量の砂塵をまき散らすことになるのか。また、熱波と寒波が交互に襲い、狂ったような土砂降りの大雨と激しい日照りが交互に絶えまなく襲うことになるのか。
もしかしたら、軸が大揺れし、ついに、地軸は際限なく揺れ出すことになるかもしれない。
対策はないのか。原因を取除くことができないのか。重量バランスの変化を改善する方法はないか。
海面急上昇が第二期(西南極大陸氷床の大崩壊)へ向かって進んでいた。
グリーンランド氷床大滑落による海面急上昇はまた、北大西洋にある深層海水生成の拠点を襲い、海洋大循環(熱塩大循環)を弱体化させていった。これにともない北極圏が次第に低温化し出すのか。これに対して、熱帯地域の高温海水が南極圏へ流れ込み、南極海が急速に高温化し出していくのか。
南極海の高温化に加え、グリーンランド氷床の大滑落によって生じた海面の急上昇が南極大陸氷床に影響をおよぼしていた。海面下に基盤を持つ氷床にさらに大きな浮力が加わりはじめていたのだ。
ことに、西南極大陸氷床への影響が大きく、氷床を持ち上げ、氷床を基盤の岩盤から剥がしにかかっていたのだ。一部が基盤の岩盤から剥がれ、海に浸かっていた氷床の一部が浮き出していく。
海面急上昇で海水による浮力が急増したことによって、氷床の重みで沈下していた岩盤までが氷床もろとも浮き上がるのか。それとも、氷床だけが岩盤から剥がれるように浮上することになるのか。この点がひとつの重大な分かれ目だった。
海面上昇が第二期へ向かうのか。それとも、自転軸が別の動きをはじめるのか。
地球はつぎへの展開を窺い、密かに準備が整うのを待っていた。
第1章
「先生、自転軸の揺らぎは収まりそうにありません。揺らぎ幅が時間とともに増幅しているように見えますが……」
園部が研究室に入るなり、ソファでうとうとしている九鬼に大声を投げつける。
火山同時噴火が相次ぎ、地球全体に火山灰の傘を広げていた。そのうえ、地球の自転軸を揺るがせているのだった。
彼は薄目を開けて、園部を見た。紅潮させた童顔が間近に迫っている。園部の目は彼が眠っているのか忙しくチェックしていた。
「園部くん、どうしたかね。大声出していたようだが……」
彼は大きくのびをしてから姿勢を正し、急いで身を引く園部を真っ正面からじっと見据えた。
このところ、彼は農園の仕事をそっちのけにして、毎日のように研究室に顔を出していた。彼には気掛かりなことが二つあったのだ。
M新聞の佐藤記者と一緒に、アキラとヒロシを探して佐橋祐子の父の別荘を訪れたが、ふたりの姿はなかった。彼はひとりでふたりを追ったが、そのときは見付けることができなかった。
一端、身を寄せている農園に戻ったものの、仕事には手が付かず、毎日、実家跡を訪ねていた。彼はヒロシが自分を探していることを知り、実家跡に彼を訪ねてくるにちがいないと期待していたのだった。
実家跡は地震の被害に津波の被害が重なり、見る影もなかった。辛うじてコンクリート造りだった診療室の外壁が残っているだけだった。彼はそこに連絡先として農園の住所と大学の研究室の場所と電話番号を貼り出しておいたのだ。
何日経っても、連絡はなかった。訪れてきた形跡すらなかった。
それになにかと電話してくる佐藤からの連絡がないことも、彼を落着かせなかった。
アキラとヒロシはどこへいたのか。元気でいるのだろうか。食べるものがあるのだろうか。
・・・・・・・・・・・・
(続く)
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