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作成:森岡正博 
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エッセイ

 

『日本生命倫理学会ニューズレター』2009年12月号 1頁
臓器移植法改正について思うこと 
森岡正博

 2009年7月に臓器移植法が改正された。その結果、本人の事前の拒否がないかぎり、家族の承諾において脳死判定と臓器摘出が可能となった。そもそも旧臓器移植法下で脳死移植の件数が圧倒的に少なかったこと、および15歳未満の脳死の子どもからの臓器摘出が不可能であったことが、今回の改正の大きな理由である。新法では、本人の事前同意の原則が破棄され、本人が意思表示カードを持っていなくても家族の承諾のみで脳死判定と移植が可能になり、子どもについても親の承諾で脳死判定と移植が可能となった。
  私は2001年に杉本健郎と共同で独自の臓器移植法改正案を発表し、基本的に旧法の枠組みを堅持しながら、子どもにも意思表示を可能とさせる道を提言した。日本も批准している「子どもの権利条約」の精神を尊重し、親は子ども本人の意見を可能な限り聴くべきであると考えたからである。この考え方の底辺には、杉本の体験がある。杉本は自身のご子息を脳死を経て亡くされた。心臓停止後、杉本は臓器提供に同意したのだが、その後年月が経過するにつれ、あのときの決断が正しかったのかと自問するようになる。なぜなら、臓器提供というのは親の意思であり、けっして脳死になった子ども本人の意思ではなかったからである。もし仮に子どもが意見表明できたとしたなら、親の決定にほんとうに賛同してくれただろうかという問いに直面したのである。この疑問に立脚し、我々は、子どもの事前の意思表示があったときにのみ、脳死の子どもからの臓器摘出を可能にすべしという提言をしたのであった。
  改正論議のなかで、長期脳死の子どものケースが大きくクローズアップされた。竹内一夫を中心とする厚生省研究班の論文「小児における脳死判定基準」(2000年)には、2回以上の無呼吸テストを含む、小児脳死判定基準を厳密に満たして、脳死と判定された6歳未満の子ども20人のうち、4人において心臓が100日以上も動き続けたことが報告されている。そのうちの1例である兵庫医科大学のケースでは、生後11ヶ月の脳死男児の心臓が326日間動き続け、身長が8センチ伸び、200日以上も手足の動きが続いた。成長を続ける脳死の子どもから、親の一存で臓器を摘出して、子どもを冷たい死体にさせることがなぜ許されるのかについて満足のいく答えを示すことなく法改正が行なわれたと言わざるを得ないと私は考えている。