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作成:森岡正博 
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エッセイ

 

田中エリス『かわいいホロコースト』解説 2003年9月
田中エリスの言語世界     
森岡正博


 田中エリスの詩を読んだ者は、その特異な言語世界をどのように受け止めればよいのか、戸惑うであろう。もちろん、ナンセンス詩、ライト・ヴァースなどのジャンルの作品だとみなすこともできる。しかしながら、田中エリスの詩が開こうとしているものは、まだ可能性の段階ではあるけれども、われわれがはじめて体験する言語世界なのかもしれない。この詩集が第一作であるという若き女性詩人の、その可能性の側面に注目したときに、何が見えてくるだろうか。
 田中エリスの詩の世界には、いままで女性詩人に割り当てられてきたところの、叙情、恋愛、生活、女の生理というテーマは存在しない。彼女の言葉は、まったくの別宇宙から発せられる。彼女が偏執的に描き込むものは、「インコ」であり、水中に住む諸動物たちであり、美少女である。美少女というのは、おそらく著者自身へのナルシシズムであろうが、独特の距離感によって、詩集に不思議な余韻を与えている。詩「インコのフーガ」から抜粋しよう。

 インコになるといいことあるよ
 バロメーターが振り切った
 抽出機能が高まった
 アンドロギニュスに間違えられた
 ウミウシくんの背中をさすった
 風に吹かれてそわそわしちゃうね

 著者の言う「インコ」とはいったい何なのか、それは詩集を最後まで読んでも容易には分からない。それは具体的な動物としてのインコのようでもあり、それが象徴しているところの別概念であるようでもある。

 美少女の地獄耳は、彼らの言葉を漏らさない。
 エネルギッシュなタニシと、戦い続けるインコ。
 二つの殉教攻撃分子の健康状態は良い。
  (「みんなが行方を追っている」より)

というわけであるから、美少女、タニシ、インコたちは、何かと戦い続けているらしい。インコや、いろいろな動物たちをめぐる童話のような「かわいい」世界は、しかし突如として、いくぶん残酷で攻撃的な世界に変貌する。

 血管ちぎりたい
 口紅食べたい
 白髪はやしたい
 歯にヤニつけたい
 インコの目玉くり抜いて数珠作りたい
  (「かわいいホロコースト」より)

 詩集のタイトル「かわいいホロコースト」という言葉が、おそらく田中エリスのたくらみを、ひとことで言い切っているのだろう。「かわいさ」と「ホロコースト」の折り合いを、どのあたりで付けようとしているのかが、この詩集の面白いところであり、その接合点は、全体を通してかなり複雑に揺れているように見える。
 著者は、ナンセンス系の詩ばかりを書いているわけではない。たとえば、本詩集の中でもっとも端正な詩と思われる「UFO帝国」から抜粋してみよう。

 土足禁止の赤絨毯。
 値動きの激しい姫さまは
 ひとときの休憩、二〇分。

 口外禁止の料理店。
 私の指を取り合いしてる
 青色の小鳥、喧嘩腰。

 おそらく猥雑な世界のひとこまを描いたものであろうこの部分は、その内容に反して、きわめて透明で上品な語り口だ。日本語の詩のルールにのっとって、控えめな艶やかさが形象化されている。この詩の前後に収められた純日本風の数編の詩は、この詩人が、日本語の伝統のなかにしっかりと組み込まれていることを示している。このような、居住まいの正しい詩が、次のような詩と同居しているあたりが、この詩人の魅力ではないかと私は思う。

 最終的には、インコなの。
 でも途中までアメフラシ。
 芸術が用意したでたらめなプールで
 エラ呼吸と肺呼吸で交互に吸ったり吐いたり水陸両用インコです!
  (「最終的にインコ」より)

 著者は、現代思想や社会情勢に関する作品も書いている。詩「インコ・カイカイ幹部によると見られる声明」のなかに、次のような部分がある。「また、知識への執着や、から元気で苦しんでいる人々に関連して言えば、ポストモダンはおろかモダンですらそれらの代償を支払うことができない。私はそれに続くかわいいホロコーストをフェミニズム抜きで行なうであろう」。これは、彼女自身の言葉によって語られた、詩作スタンスの宣言にようにも読める。彼女にとっては、「フェミニズム」は、もはや選ばれることのない選択肢なのである。いわゆる団塊ジュニア以降の世代(ブルセラ・渋谷系世代)の著者にとっては、それはもう譲れない前提なのかもしれない。彼女が、自作詩の発表のために立ち上げたホームページの内容も、われわれのような古い世代にとってはけっこう衝撃的だ。
 田中エリスの詩世界は、古くはモダニズムの詩人、左川ちかが切り開いた次元、最近では理知的な独自の宇宙を歌う多田智満子の世界に連なる系譜上に位置するのだと私は見ている。ただし、これはもちろん、彼女がいまの時点で開花させようとしている萌芽が、将来、豊かに育ったときのことである。彼女は、『詩の雑誌midnight press』2003年夏号の冒頭で小特集を組まれるという幸運を得たが、この新人が、これからどのように自己展開してゆくのか、予断を許さない。この詩集の中に、芽生えている新しい言語世界の可能性を、この著者が時間をかけて豊かに育てていくことを、私は願わざるを得ない。