『京都新聞』2000年10月7日夕刊「こころ・宗教欄」
アニメ文化
森岡正博
一昔前までは、アニメに熱中する男たちを、「おたく」と呼んでばかにしたり、差別する文化人たちが多かった。ところが、最近はそういう現象が減っている。なぜなら、メディアのなかで文化人たちの世代交代が起きて、アニメに熱中して若い時代を過ごした男たちが、言論界をリードするようになってきたからだ。われわれの世代以下の言論人のあいだでは、アニメを知らないと、ばかにされるほどである。
と同時に、ここ最近目に付くようになったのが、若い女性たちの「おたく」化と、アニメの海外進出である。いまや、アニメに熱中するだけではなく、みずから女性キャラのコスプレをしてコミケ(コミック・マーケット)に行ったり、ホームページに載せたりする女性がめずらしくなくなった。これについては、また別の機会に触れよう。
私がいま注目しているのは、海外でのアニメファンの激増である。この傾向は、すでに数年前から顕著になっていたが、インターネットの普及につれて、その現実がわれわれの前に明らかになってきたのである。まず、海外では「anime」という英語はすでに定着している。これは日本製のアニメのみを指す。そして、海外には、日本のアニメだけをテーマにしたホームページが死ぬほどたくさんある。彼らに人気のあるのは、セーラームーン、ドラゴンボールZ、エヴァンゲリオン、カードキャプターさくら、ポケモンなどだ。
インターネットの世界では、アニメファンサイトは、日本よりも海外のほうが多いのではないかという印象すらある。いちばん多いのは、アメリカ人の若い男性が作ったものだ。彼らのあいだでは、なんと、日本が「あこがれの国」である。「日本がcool」なのである。日本語がしゃべれるというのが、かっこいいとみなされている。
彼らのホームページやメーリングリストでは、ローマ字による「ohayo」「konichiwa」などが飛び交っている。そして、顔文字もまたアメリカ流の寝顔
:-)ではなく、日本流の縦顔(^^)なのだ。日本のアニメが英語に吹き替えられて販売されているが、そのアメリカ人声優も人気がある。ファンサイトもある。
男の子だけに受けているわけではない。海外の女性にもアニメは大受けなのだ。そして彼女たちは、日本と同じように、コスプレに走っている。海外でも「cosplayer」という英語が定着している。彼女たちは、アスカ、セーラームーン、ラム、チュン・リーのコスチュームを自分たちで手作りし、それを着た写真をホームページに喜々として掲載している。彼女たちもまた、日本人の女の子になりたいのだ。彼女たちは、各地で開催されるコスプレ大会に参加して、友人を増やし、日本アニメ情報を交換する。
いま世界中の若者のあいだで、日本は、かつての「ジパング」の輝きを取り戻そうとしている。そのことに気づいていないのは、日本の非「おたく」文化人だけかもしれない。